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昭和10年〜30年

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「栄養と料理」について

御礼

<著作権について>
日本私立学校振興・共済事業団の補助により作成しました。


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年表


年代
栄養と料理』と香川栄養学園の歩み
食と健康をめぐる社会の動き
昭和5
(1930)
香川昇三「ヴィタミンB欠乏食の実験的研究」(東京医学会雑誌)
「香川省三 ・横巻綾」結婚
昭和の大恐慌
「内村鑑三」没
   
昭和6
(1931)
香川綾「種々本邦食品ノヴィタミンB含有量竝ニ之ニ及ボス調理ノ影響」 内務省「日本食品成分総覧」完成
  (東京医学会雑誌) 栄養士会結成
    第1回「ビタミン標準委員会」開催
    満州事変
   
昭和7
(1932)
香川昇三・島薗順次郎・内藤比天夫「脚気はビタミンB1欠乏症と同一症状」発表 文部省 「学校給食臨時施設法」発令
    上海事変
    大槻文彦「大言海」刊行
   
昭和8
(1933)
香川昇三・綾「家庭食養研究会」自宅開設【旧小石川駕籠町102番地】 米穀統制法、胚芽米論争
    色刷り「新・小学国語読本(サクラ読本)」
    高齢者100歳以上 全国273人
    国際連盟脱退
   
昭和9
(1934)
島薗順次郎・香川昇三「米食改善に関する実験の発達過程」(糧友) 川口市栄養配給所開始(鋳物工場)
    「栄養学会」発足(日本医学会第13分科会内)
    東北地方冷害(大凶作)
   
昭和10
(1935)
月刊雑誌『栄養と料理』6月創刊 栄養と料理社【非売品】 陸軍の食事(1日当り、米麦あわせて5.5合)
  誌名命名「島薗順次郎」博士 内容:精米(胚芽米)600g
  『栄養と料理』第1巻第2号(7月号)発売 【20銭】 脚気予防のため麦186g
    平均寿命(男44.8歳、女46.5歳)
   
昭和11
(1936)
「家庭食養研究会」移転(駕籠町198番地 鉄筋3階建ビル) 第1回結核予防国民運動進行週間スタート
  香川昇三「脚気患者の食餌療法研究」(東京帝國大学附属病院委嘱) ”結核”死因別死亡率第1位
    調理成分照覧」発表
    「米穀自治管理法」公布
    2.26事件
    平均寿命(男46.92歳、女49.63歳)
   
昭和12
(1937)
「家庭食養研究会」改称「栄養と料理学園」(本科生定員20名)
◆島薗順次郎博士逝去(享年60歳)
「保健所法」発令
盧溝橋事件・日中戦争
「文化勲章」制定
   
昭和13
(1938)
『栄養と料理』新年号「戦地のお正月」川島四郎氏対談 「厚生省」設置
  『栄養と料理』「魚1・豆1・野菜4」「胚芽米のすすめ」提言  
  香川昇三「食品分析表」刊行 「国立公衆衛生院」設立
   
昭和14
(1939)
『栄養と料理』連載「幼稚園児のお弁当を調べて」 「米穀配給統制法」公布
  『栄養と料理』3月号「正しい栄養学の知識を持たぬことは国家的に大きな損...」と 「白米禁止令」実施
  栄養学講義(栄養と料理学園) 「第2次世界大戦」始まる
   
昭和15
(1940)
『栄養と料理』10月号掲載「外米の調査と実験」(香川綾) 「小麦粉米穀砂糖配給統制」公布
  「女子栄養学園」に改称 「学校給食奨励制度」制定
  家庭献立材料配給所開設 第1回「国民食展覧会」開催
    「飲食店・米の使用」禁止令
    「三国軍事同盟」成立
    「贅沢品禁止」令
   
昭和16
(1941)
『栄養と料理』1月号掲載「国民食の栄養量決定 ex.中労男子2400カロリー、蛋白質80g」 日本人栄養要求量標準」発表
  香友会(同窓会)創立 主食配給基準〔2合3勺)
    「太平洋戦争」始まる
   
昭和17
(1942)
豊島区駒込に新校舎完成(4月) 「食糧管理制度」制定
    「学徒出動」命令
   
昭和18
(1943)
  ◆鈴木梅太郎逝去(享年70歳)
   
昭和19
(1944)
『栄養と料理』3月〜10月号連載「食べられる草の話」 食糧庁「国民栄養基準及び作業強度別職種分類表」発表
  香川研究所(所長・香川昇三)「文部科学局科研費」下付 B-29による本土空襲始まる
    学童集団疎開始まる
   
昭和20
(1945)
『栄養と料理』2月号 戦災のため”休刊” 厚生省「栄養士規則」制定
  4月 東京空襲・駒込校舎全焼、5月群馬県へ学園疎開 大日本栄養士会創立
  ◆学園主・香川昇三逝去(享年51歳) GHQ「東京都国民栄養調査」指令
    GHQ「公衆衛生対策に関する覚書」
    広島、長崎に原子爆弾投下
    ポツダム宣言受諾、終戦
    国際連合発足
   
昭和21
(1946)
『栄養と料理』1・2月合併号”復刊” 厚生省「食品栄養価要覧」刊行
  『栄養と料理』1月号「飢餓感と過食」 学校給食一部実施
  疎開学園卒業式6月(学園閉鎖) 第1回「国民栄養調査」開始
    賀川豊彦・三木行治「国民栄養協会」設立
    「GHQララ物資」覚書
    第1回「栄養士会」総会
    「日本国憲法」公布
   
昭和22
(1947)
女子栄養学園復活 「学校教育法・教育基本法」公布
  『栄養と料理』特集「学校給食、栄養失調症」等 日本人の栄養所要量」発表
    「食品衛生法」公布
    「新保健所法」制定
    「栄養士法」制定
    第1次食糧緊急対策決定
    経済安定本部「暫定標準食品栄養価分析表」公表
    第1回「国会」開催
    平均寿命(男50.06歳、女53.96歳)
   
昭和23
(1948)
「財団法人香川栄養学園」設立(理事長・香川 綾) 消費者米価「10Kg,148円50銭から226円」
  香川綾 「5つの基礎食品」発表 「食糧配給公団」発足
  香川綾「計量カップ・スプーン」考案 「保健所法施行(栄養士配置)」令
文部省「学校給食物資受入体制」各県通達
食糧事情好転
「新制高校」発足
   
昭和24
(1949)
香川綾 医学博士号「本邦食品のヴィタミンB1と脚気の研究」(東京大学授与) 第1回「栄養士試験」実施
  香川綾「JAPANESE COOK BOOK」出版(日本交通公社) 「ユニセフ給食」開始
    「病人の栄養所要量」決定
    「保育所給食」開始
    「学校教育法」改正(短期大学成立)
    1ドル360円実施
    湯川秀樹「ノーベル物理学賞」受賞
   
昭和25
(1950)
「女子栄養短期大学」設置(学長・香川綾) 経済安定本部「日本食品標準成分表」発表
  『栄養と料理』9月号特集「学校完全給食」 「パン完全給食」開始
    「栄養士養成施設校」認可
    「栄養士養成大学短大指定基準」指示
    日本栄養士会「集団給食施設とビタミンB1普及運動」実施
    朝鮮戦争
    国歌「君が代」復活
   
昭和26
(1951)
「学校法人香川栄養学園」設立、第1回栄養展 「栄養改善法」公布
  『栄養と料理』連載コーナー「料理の型紙」(グラム表示・箇条書き) 「計量法」公布
    「食料配給公団」廃止(米屋民営化)
    「日米安保条約」調印
    ユネスコ加盟
   
昭和27
(1952)
『栄養と料理』3月号特集「女性の問題・働く女性の身辺から」 「完全給食・全国小学校拡大」実施
    「麦統制」撤廃
    「ララ救援活動終焉・感謝祭」開催
    「病院給食使用分析表」統一
   
昭和28
(1953)
『栄養と料理』「五つの基礎食品から七つの食品群へ発展」発表
『栄養家計簿』発行
厚生省「栄養審議会」設置、「栄養改善普及会」設立
食糧庁「強化米」製造・「配給要領」制定
NHK、日本テレビ放送開始
凶作
   
昭和29
(1954)
香川綾「ハワイ桜祭り・料理講習会」開催 「学校給食法」公布
    第1回「栄養改善学会」開催
    総理府「日本人の栄養基準量」発表
    日本食品標準成分表」改訂
    「第五福竜丸」被爆
   
昭和30
(1955)
「子供料理クラス」開設(駒込校舎) 米飯自由化
    日本学校給食法公布
    家庭電化時代(電気釜、ミキサー、テレビ、洗濯機等)
    原子力研究所発足
   
昭和31
(1956)
女子栄養短期大学第二部設置 食糧庁「外米の消費」規制緩和
  女子栄養短期大学「栄養科」を「食物栄養科第一部」に名称変更 栄養士会「全国強化米・カルシウム普及運動」展開
  「専攻科」を新設 「学校給食法一部改正・中学校」適用
    NHK・民放テレビ「料理番組」開始
    「科学技術庁」発足
    週刊新潮」発売
    「国際連合」加盟
   
昭和32
(1957)
『栄養と料理』1月号付録「共稼ぎ夫婦の料理カレンダー」 農林省「農林白書」発表
  「香川昇三胸像」建立 「コーヒー牛乳登場、ポップコーン製造」販売
    南極「昭和基地」開設
    100円硬貨発行
   
昭和33
(1958)
「7つの食品群」を「4つの食品群」に改定 「調理師法」公布
    厚生省「六つの基礎食品」普及
    厚生省「栄養白書」発表
    文部省「学校給食を学校行事」に位置付け
    「インスタントラーメン」発売
    「皇太子妃」内定
    「東京タワー」完成
   
昭和34
(1959)
「香川調理師学校」設置、「校歌」作成 「皇太子」御成婚
  新校地購入(埼玉県坂戸市)
「ソ連・ロケット月面」到着、伊勢湾台風
   
昭和35
(1960)
『栄養と料理』新年号特集「日本人の食べ物が変わってきた」 「インスタント食品」ブーム(インスタントコーヒ製造)
  「たのしい食事料理通信講座」開講 「カラーテレビ放送」開始
    平均寿命(男65歳、女70歳)
    内閣「国民所得倍増計画」決定
    「日米新安保条約」調印
   
昭和36
(1961)
「女子栄養大学家政学部食物栄養学科」開設(学長 香川綾) 「農業基本法」公布
  「女子栄養学園・香川調理師学校」統合 文部省「学校給食制度調査会」発足
  「栄養士科・調理師科」(男女共学)設置 有人宇宙船「ボストーク1号」成功(ソ連)
   
昭和37
(1962)
『栄養と料理』5月号特集「冷蔵庫に入れたたべもの」 学校給食栄養所要量の基準改訂
    管理栄養士制度実施
    スーパーマーケット急増
   
昭和38
(1963)
「4つの食品群」改定、「80キロカロリーを1点とする食事法」提案 第1回「管理栄養士国家試験実施
  「女子栄養大学調理技術検定」発足 「老人福祉法」公布
  「女子栄養大学教養部」埼玉県坂戸市に開設 「日本人の栄養基準量及び食料構成基準」答申
米国大統領「J.F.ケネディー」暗殺
   
昭和39
(1964)
文部省認定女子栄養大学社会通信教育「栄養と料理」講座開講 168団体「体力づくり国民会議」
  「女子栄養大学調理技術検定」開始、東京オリンピック選手村「食事サービス」 科学技術庁「三訂日本食品標準成分表
  「女子栄養短期大学専攻科第二部」開設、「香川料理教室」開設 東海道新幹線開業
  「香友荘」落成(軽井沢町追分) 「東京オリンピック」開催
   
昭和40
(1965)
女子栄養大学家政学部「栄養学部」に改組 「母子保健法」公布
  「管理栄養士養成校」認可、「社会通信教育講座」開講 「国民生活審議会」発足
    朝永振一郎「ノーベル物理学賞」受賞
    中国文化革命
   
昭和41
(1966)
『栄養と料理』2月号「30代・40代の人に警告、血圧・肝臓症を予防する食事」 「高度僻地学校へパン・ミルク無償給食」実施
    食糧庁 インドネシアに米1万トン緊急援助
    テトラパック牛乳登場
    総人口1億人突破
   
昭和42
(1967)
女子栄養大学栄養学部二部栄養学科設置、駒込校舎4号館完成 社団法人「日本調理師会」設立
  「松柏軒」開設 日本学校給食の歩み」刊行
    「公害対策基本法」成立
    大学紛争始まる
    「米1,445万トン有史以来」豊作
   
昭和43
(1968)
四群による香川式食事法提唱 小学校学校給食位置付け「学級指導」
「消費者保護基本法」公布
川端康成「ノーベル文学賞」受賞
   
昭和44
(1969)
女子栄養大学大学院(修士課程)設置 栄養審議会「栄養基準量及び食糧構成基準」発表
  「栄養クリニック」開設 「自主流通米制度」発足
  指揮者・岩城宏之氏「香川式食事法」マスター 「宇宙船アポロ」月面着陸(米国)
    GNP「51兆円」(世界第2位)
   
昭和45
(1970)
『栄養と料理』5月号(創刊35周年 B5判) 学校給食”米飯”承認
  「女子栄養大学紀要」創刊 農林省「農村食生活改善推進事業」開始
  香川栄養専門学校ホテル・レストラン科設置 「国民生活センター」発足
  香川綾「日本栄養・食糧学会賞」受賞 「第1回ウーマンリブ大会(東京)」開催
  「坂戸市柳町グランド用地」購入  
   
昭和46
(1971)
  「グレープフルーツなど20品目」輸入自由化
    「沖縄返還協定」調印
   
昭和47
(1972)
香川栄養学校製菓衛生師科「製菓専門科」に改組 「老人医療費」無料化
  香川綾「勲二等瑞宝章」受賞 平均寿命(男70.49歳、女75.92歳)
   
昭和48
(1973)
「四つの食品群」と「1点80キロカロリー」を「四群点数法」と命名 江崎玲於奈「ノーベル物理学賞」受賞
   
第1次オイルショック
   
昭和49
(1974)
『栄養と料理』創刊40周年記念特集 ”実践栄養学40年の歩み” 「学校給食法」一部改正
  栄養学部栄養学科「実践栄養学部専攻、栄養科学専攻」分離 佐藤栄作「ノーベル平和賞」受賞
   
昭和51
(1976)
香川栄養学校「香川栄養専門学校」名称変更 食生活研究会「これからの食生活」刊行
    「学校基本法」改正(専門学校成立)
   
昭和52
(1977)
『栄養と料理』5月号「食べ方の方向転換のとき・日本型食生活の長所を取り入れるべき」(香川綾提唱) 食糧庁「データにみる日本の食糧」発行
   
昭和53
(1978)
「胚芽米普及協議会」発足(香川綾・名誉会長) ”胚芽米”販売
    「成田空港」開港
   
昭和54
(1979)
「食品80キロカロリーガイドブック」刊行 公衆衛生審議会「日本人の平均一人当り栄養所要量」答申
  香友会「豊かな食を拓く会(YKK)」発足 「東京サミット」開催
    第2次オイルショック
   
昭和55
(1980)
大学栄養学部「保健栄養学科」設置 学校給食会「学校給食の炊飯ガイドブック」発行
  大学「埼玉県坂戸市」全面移転 「日本臨床栄養学会」発足
   
昭和56
(1981)
香川栄養学園誌「香窓」創刊 総理府「食生活・食糧問題に関する世論調査結果」発表
    福井謙一「ノーベル化学賞」受賞
   
昭和57
(1982)
香川綾「食生活文化功労賞」受賞(日本食生活文化財団)  
   
昭和58
(1983)
学園創立50周年 NHK連続ドラマ”おしん”「大根飯」話題
  「横巻のぶ記念奨学基金」設立 厚生省「子供5人に1人は朝食ひとり、食欲・栄養に影響」発表
   
昭和59
(1984)
『栄養と料理』「朝食抜き、1人だけの食事(子供の食)」香川綾不安要因を指摘 100歳以上1,500人(長寿国)
   
昭和60
(1985)
『栄養と料理』創刊50周年記念展開催(於東京西武デパート) 厚生省「健康づくりのための食生活指針」発表
  「栄養学と私の半生」香川綾著(女子栄養大学出版部) 「男女雇用機会均等法」成立
   
昭和61
(1986)
「香川綾米寿記念胸像」建立 加工食品の「栄養成分表示」開始
   
昭和62
(1987)
女子栄養大学料理技術検定「文部省認定家庭料理技能検定」認定 利根川進「ノーベル医学生理学賞」受賞
    「労働基準法」改正
   
昭和63
(1988)
「校旗(大学・短短期大学・専門学校)」制作 「第1回管理栄養士国家試験」開始
   
昭和64
(1989)
  昭和天皇崩御
   
   
平成1
(1989)
「女子栄養大学大学院博士後期課程」開設 厚生省「高齢者保健福祉推進十ヵ年戦略(ゴールドプラン)」発表
    ベルリンの壁崩壊
    中国天安門事件
   
平成2
(1990)
「栄養科学研究所、保健センター」発足 厚生省「健康づくりのための食生活指針」策定
  香川綾「理事長・学長・校長」退任、「香川栄養学園長」就任 株価暴落(バブル経済崩壊)
  学長・校長「香川芳子」、理事長「香川達雄」就任 東西ドイツ統一
   
平成3
(1991)
香川綾「文化功労賞」顕彰  
   
平成4
(1992)
『栄養と料理』連載「研究室から暮らしの中へー実践 四群点数法」 「学校5日制」開始
  香友会「創立50周年」 毛利衛「スペースシャトル乗船」
   
平成5
(1993)
大学栄養学部「文化栄養学科」設置 「特養・老健施設サービス事業」開始
  香川栄養学園「創立60周年」、坂戸キャンパス「体育館、学生食堂、教室棟」完成 「環境基本法」成立
   
平成6
(1994)
「埼玉県家庭科教員養成研修生」受入 厚生省第1回「全国家庭動向調査」結果発表
  「西オーストラリア・パース3大学」交流提携 大江健三郎「ノーベル文学賞」受賞
   
向井千秋「女性宇宙飛行士」宇宙へ
   
平成7
(1995)
『栄養と料理』創刊60周年記念企画「食品図鑑」発行 阪神・淡路大地震
  大学院栄養学研究科「保健学専攻(修士課程)」増設  
  国際交流センター発足、学内LAN敷設完成  
   
平成8
(1996)
『栄養と料理』10月号「O157の感染を防ぐための食生活術Q&A]掲載 「病原性大腸菌O-157食中毒」続発
   
平成9
(1997)
大学院保健学専攻「博士後期課程」設置、「学園ホームページ」開設 英国「クローン羊」誕生
  ◆香川綾逝去〔享年98歳)、「香川綾奨励賞」新設 香港「中国」返還
  「健康と食文化の饗宴」開催(出版部主催)  
   
平成10
(1998)
西オーストラリア・カーティン工科大学内「学園アカデミックオフィス」開設 科学技術庁「5訂食品成分表」発表
  『栄養と料理』連載「生活習慣病が気になる人の献立入門」 「長野冬季オリンピック」開催
   
平成11
(1999)
  3歳児アレルギー「5人に1人(東京)」
   
平成12
(2000)
『栄養と料理』連載「私のエコロジーライフ、21世紀の食を予測する 食生活指針
  「モバイルキャンパス」運用開始 健康日本21
    新御三家「食器洗器・生ごみ処理器・電子レンジ」
    女性初「知事(大阪府)」誕生
   
BSデジタル放送開始
   
平成13
(2001)
『栄養と料理』連載「健康新情報、遺伝子を知ろう、食と体のトピックス」等 日本国内初「狂牛病」発生
  「香川昇三・綾記念展示室」開設 野依良治「ノーベル化学賞」受賞
   
平成14
(2002)
香川芳子学長「日本栄養食糧学会功労賞」受賞、坂戸「若葉寮」完成 小柴昌俊「ノーベル物理学賞」
    田中耕一「ノーベル化学賞」受賞
   
平成15
(2003)
香川栄養学園「創立70周年」、若葉駅前「国有地」購入 鳥インフルエンザ
  『栄養と料理』デジタルアーカイブス公開(図書館) 「新型肺炎SARS」中国大流行
  「婦人の友・栄養と料理」深沢紅子表紙画展(軽井沢・野の花美術館)  
   
平成16
(2004)
『栄養と料理』特集「健康って何だろう」「どうする?ニッポン」
「法科大学院」開始
  文部科学省要請「第1回栄養教諭科目履修」開講(12月)
新潟県中越地震
    スマトラ沖地震(M9.3)・津波
   
平成17
(2005)
『栄養と料理』10月号(創刊70周年記念号) 食育元年、「栄養教諭制度」4月スタート
  『栄養と料理』DVD-ROM(創刊号〜昭和30年)実費頒布 「食育基本法」6月10日成立
    「京都議定書」発効

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